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2005/04/30

戸隠

いつもとちがう道をということで鬼無里から入り、ほとんど林道みたいな道を行く。
山道を平気で走れるようなクルマではないので、行きつ戻りつしながらぐるぐるしてみる。
山の中はまだ残雪もあり木々の芽吹きもまだ早いようだ。
山道を抜けてみるとちょうど昼時で、この連休中のどこかで行ってみようと思っていた蕎麦屋の駐車場付近に出た。
nishidake
冬にやはり戸隠で食べて、これからはゴージャスなのは遠慮してベーシックで行こう、というつもりになったはずなのに、やはり選んでしまった…。
前とはちがう店なので内容も微妙にちがうが、こちらの方がすっきりしている。
てかすごくウマイ!

おなかもふくれて少し歩くかということで、奥社まで。
奥社へはたぶん小学生か中学生の頃に来ているはずだが、全然憶えていない。
また、かなり歩くというのでその後もほとんど足が向かなかった。

『戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
 その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
 江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東比叡寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。
明治になって戸隠は廃仏毀釈の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。 (http://www.togakushi-jinja.jp/#)』

参道を山門まで行くと杉の並木が広がる。そして足の下の残雪が厚くなる頃には道は登りになる。
冬靴でなければ辛い場所を越えれば、やがて社にたどり着く。
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帰りは参道を少しはずれて森の中、雪の上を行く。
少しさまよっていると木道が現れ、そこを進んだら湿地の中にまだ咲かない水芭蕉が顔を出していた。
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熊笹ソフトと蕎麦ソフトを食べてみた。

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